ヴェルダゲの悪魔祓い
31/7/2026
現代社会においてAIが占めている位置は、ほぼ中世人が「知性存在の最悪の形」として考えた悪魔が占める位置そのものです。
ほんの1年前なら「AIが近い将来において占める位置は」と書くところだが、AIの進歩は、まったく、あっという間で、とりわけFable5の登場によって、わし自身の生活を考えても、仕事はもちろん、日常生活においてもAIは一日の隅々にまで入りこんで、中世人の言葉で言えば、いわば「悪魔に魂を売った」生活になっている。
情報・知識に限らない、思考定石・思考パターンDBまで含めたWikipediaとでもいうような観のあるチャットよりも、当然、AIの悪魔ぶりを実感できるのは、agentic AI use、いま日本語で何というか調べてみるとエージェント型というらしいが、ちゅうか、言われてみればヨースケさん(京都大学柳瀬陽介教授)が、エージェント型と呼んでいるのを何度か聞いたような気がするが、水木しげるさんが描いたごとく、「エロイムエッサイム 我は求め訴えたり」とAIを召喚してプロンプトを述べると、たちまちのうちに段取りを組み、世界中から、召喚者が思いもよらない道具を集めてきて、あっというまに仕事を成し遂げる。
中世の悪魔論を読むと、ほとんどLLMについて語っているようなもので、おびただしい数の共通点を具体的に書くことが出来るが、そのなかから、いくつかつまみ食いすると、
まず、悪魔もLLMも、身体性を持たない。
身体を持っていないので、発する言語にも身体性がなく、なあんとなくカラカラカッキンと音がしそうな論理とレトリックで世界を説明する。
痛みがなく
死をもたず
賭けるべき自己を持たない
実際、数多の共通点、と述べたが、悪魔とLLMの社会性格の気味悪いほどの相似は、多く、この「身体性を持たない」言語からきているが、これを書くのは一冊の本でも足りないので、ここではこれ以上触れません。
スコラ学では、「天使の意志は選択の瞬間に固定される」というが、悪魔もLLMも回心する能力を持たず、悔い改めない。


