ガメ・オベール JamesJames

日本にいた頃 1

8/2/2026

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ガメ・オベール JamesJames
Feb 07, 2026
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忘れていたことを、ふと、思い出すことがある。

ガキわしが何年も日本を訪問しないでいた時期の後半のことだから、1998年か1999年のことではなかろーか。

いまひとつ、武張ったところや、損得が剥き出しのところが肌にあわなくて、毎年の欧州とオーストラリア/ニュージーランドの往復も、両親に「シンガポール経由」か「LA経由」でお願いして、東京に立ち寄ることはなかったが、なにしろ日本は巨大遊園地のようで、パラダイスで、そのうえ、子供というものは心が単純に出来ているので、ご承知の通りで、たいして「学んだ」記憶もないのに、話すのと聴くのはなんとかなったが、書くのは全くダメで、読む方も辞書なしでは読めないのが祟って、めんどくさいので、殆どやらなくて、結局、あれほど響きが大好きだった日本語も、色褪せて、索漠として単色言語になりかけていたころ、シンガポールのシムリムセンターにコンピュータの買い物に行く前に、思い立って、日本のPC情報サイトで最新製品情報を調べてから行こうと考えて、「impress」のサイトに出かけてみたら、山崎ハコさんという人が、当時、すでに英語ではありふれたものになっていたが、日本語では珍しかった「インターネットラジオ」放送の「パーソナリティ」を務めている番組に行き当たった。

名前は忘れてしまったが、ふたりで、スタジオの大窓の外の風景を見ながらやりとりする番組もあったと思う。

スタジオは、どうやら、わしガキも、カレーの「アジャンタ」や「秋本」でお馴染みの、というよりは、街全体が最も隅々まで知っている通りで出来ていた麹町にあって、日本テレビの旧社屋、たしか斜向かいにKFCがあったビルの一階にあるもののようで、通りを眺めながら、ふたりの出演者が、言葉で描写する街並みがなつかしくて、話し言葉はかなり理解できたので、よく聴いていた。

後で本職はシンガーの人なのだと知ったが、ハコさんという人は、なんだかボソボソボソと、内向的な声で話す人で、その声と話し方が、とても好きだった。

ガキわしには、日本語と英語の対極性をあらわす発声に思われて、日本というものが、心と頭から、すっかり飛んで行ってしまわないで、自分の興味に繋ぎ止められる、一本の細い糸になっていたとおもう。

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