ガメ・オベール JamesJames

ポストコロニアル10 日本への適用 第六回 侮られる日本

18/2/2026

ガメ・オベール JamesJames's avatar
ガメ・オベール JamesJames
Feb 17, 2026
∙ Paid

例えばBBCに、こんな記事が出ている。

2025年11月26日の記事です。

長いが、現在の諸外国が日本に対して持っているイメージがうまくまとめられているので、全文を引用する。

『中国が日本の痛いところを突いている。高市首相は屈するのか? テッサ・ウォン(アジア・デジタル・レポーター)

日本の新首相である高市早苗氏は、就任後わずか数週間で、自身の政治信条と国家の経済的利益の板挟みという、外交上の重大な試練に直面している。

北京は、台湾に関する高市氏のこれまでの強硬な姿勢に対し、日本が最も恐れる手段、すなわち経済的な報復で応じている。中国は、日本の半導体産業にとって不可欠な重要鉱物であるガリウムとゲルマニウムの輸出を停止した。

さらに、中国当局は日本企業への検査を強化し、サプライチェーンの混乱を引き起こしている。これは、高市氏に対し、そのタカ派的なレトリックを和らげるよう圧力をかけるための明確なシグナルである。

「レッドライン」を巡る戦い

高市氏は、長年にわたり台湾への強い支持を表明しており、過去には故安倍晋三元首相と同様、中国が「レッドライン」と見なす一線を越える発言を繰り返してきた。

しかし、首相という立場になった今、彼女の言葉の一つ一つが国家間の緊張を左右する。中国は、高市氏が就任後に台湾の蔡英文前総統と電話会談を行ったことや、防衛予算のさらなる増額を検討していることに激しく反発している。

「中国は、高市氏がどこまで踏み込むつもりなのかを測ろうとしている」と、ある外交筋は指摘する。「これは、彼女の覚悟を試すテストなのだ」

経済のジレンマ

日本にとって、中国は最大の貿易相手国である。多くの日本企業が中国市場と密接に結びついており、中国による経済的な揺さぶりは、日本の製造業に直接的な打撃を与える。

一方で、日本は米国との同盟関係を強化しており、安全保障の観点からは中国への依存を減らす「デリスキング(リスク低減)」を推進している。

ある日本政府高官の報告書には、次のような懸念が記されていた。 「我々はさらに踏み込んだ行動を取らなければならない。さもなければ、米国は(日本への)関心を失うかもしれない」

この一文は、日本が直面している冷酷な現実を象徴している。中国の圧力を跳ね除けるためには、米国の強固な支持が不可欠であるが、そのためには日本自身も防衛や経済安保においてさらなる負担を強いられることになる。

問われるリーダーシップ

高市氏は今のところ、対中姿勢を崩していない。彼女の支持基盤である保守層は、中国に対する妥協を一切許さない構えだ。

しかし、経済界からは懸念の声が上がっている。サプライチェーンの停滞が長期化すれば、日本経済の回復に水を差すことになりかねない。

高市氏は、自らの信念を貫き通すのか、それとも現実的な国益のために中国との妥協点を探るのか。彼女の決断は、今後の日中関係、ひいてはアジア全体の勢力図を大きく左右することになるだろう。』

日本の人が抱いているイメージとは異なって、安倍首相と高市首相がもたらした日本への「新しいイメージ」は、

「アメリカのペット国家であることを隠そうともしなくなった駄犬国家」で、ちぎれるほど尻尾をふってアメリカの足下にまつわりつこうとしているのに、主人のアメリカのほうはといえば、退屈しているときには相手をしてやることがあるものの、煩がって、足下にじゃれつく日本を、蹴飛ばしてしまうこともある、という風景です。

駄犬の頭のなかのイメージでは、自分では秋田犬であって、誇り高く、四本の足で雄々しく大地に立つ、他の犬たちの憧れだが、現実とはだいぶん異なるのは、自分の気持ちを隠すのが、英語人や日本語人ほど上手ではないスペイン語圏で、珍しく日本と中国の区別が付いていそうな人が書いたものを読むと、いきなり「ついにペット国家日本が捨てられる日が来た」なんて書いてあって、とてもではないが、日本語に訳して引用して見せられたものではない。

ネット時代になって、普通の人にも理解されるようになってきたとおり、

一国の現実の積み重ねが評判をつくり、その評判が現実の様相の変化にあわせて書き換えられるには、かなりの年数がかかる。

アメリカのように強大で、おっかない国については、それでも、平均以上の教育を受けた層の頭のなかでは数ヶ月というくらいのタイムラグで、書き換えられて上書きされていくが、むかしむかし経済大国だったころならともかく、2025年の購買力平価(PPP)ベース 国別GDPランキングでは、すでにロシアに抜かれて5位で、もうすぐインドネシアとブラジルに抜き去られそうな立場に立っている現在の日本では、コミックとアニメ、それに女のひとたちが自国の男たちへの絶望のせいかsexually availableであると誤解されているくらいしか関心を持ってもらえず、こういう「国力」のような、昔の戦争力較べ時代の名残の、おやじシリアスの世界では、酷い言い方だが、どうでもいい、というか、関心を持っても、自分の仕事には関係がない国なので、アップデートの速度は、欧州から見て、だいたい台湾韓国に次ぐくらいの第三グループに属している。

この日本への「侮り」は、古くは、海外知識人層の、例えば閉じられたフォーラムのような場所では2011年くらいから顕在化して、

「日本は、あれでも独立国なのか」という長い論証的な文章を初めて見たのは、たしか2005年のことだったが、そこから徐々に、はっきり言ってしまえば、教育程度が低い層にも伝播していって、

現在では、例を挙げると、上のBBC記事リンクを引用して、Xで、Corrineというアカウント(46500フォロワー、東アジアベース)の人が、次のように述べている。

『このBBCの分析は、軍艦やレアアース、外交の嵐については徹底的に記述しているが、植民地心理のすべてを露呈させる「たった一行」を見落としている。 「もっと努力しなければ、アメリカが関心を失ってしまうかもしれない」

これは主権国家の言葉ではない。見捨てられることを恐れる「ペット」の声だ。 「どうかリードを緩めないで。 もっと激しく吠えることも、強く噛みつくこともできるから。 ただ、私を『無用だ』とだけは判断しないでほしい」

日本のいわゆる「地域の均衡(リージョナル・バランス)」とは単なる恐怖の言い換えであり、称賛される「パートナーシップ」も、戦略を装った従属に過ぎない。

ここで帝国の仮面は剥がれ落ち、その下に隠された真の振り付けがようやく露わになる。 圧力をかけているのは中国ではない。リードが手から滑り落ちないよう、主人の前で神経質に従順さを演じ、懇願している「植民地のペット」の姿なのだ。

これは決して地政学などではない。 常に、外交を装った「飼い慣らし(家畜化)」だったのである。』

アジアのひとびとが日本をどのような視線で見つめているか、非常によく要約されていると感じました。

実際、普段の生活で会うアジアの人が日本について何事か述べる、ということは滅多に起こらないが、水を向けると、日本についての論評は、最近は、だいたいこういう内容です。

虎の威を借る狐が、虎に疎まれて軽んじられるようになると、どうなるのか、という好奇の目が日本には注がれている。

それなのになぜ日本の人自身は、自分の姿に盲目なのだろう、と考えた結果、行き着いたのが、「内面化されたコロニアリズム」という考えだった。

もちろん、アメリカが占領後、日本に対して行ったことは、厳密にはColonization(植民地化)ではありません。

なによりも、狭義の植民地化の定義要件のひとつである「富の宗主国への移転」ということをアメリカはやらなかった。

User's avatar

Continue reading this post for free, courtesy of ガメ・オベール JamesJames.

Or purchase a paid subscription.
© 2026 James James · Privacy ∙ Terms ∙ Collection notice
Start your SubstackGet the app
Substack is the home for great culture