ガメ・オベール JamesJames

2026年7月22日の日記

22/7/2026

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ガメ・オベール JamesJames
Jul 21, 2026
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我、洋上ニ有

霧深シ

なんちて

冬の海は寒い

今朝は5℃くらいか

ヒーターが付いていない船は、さすがに冬に乗って出られはしない

あまりに寒いので航路から外れた海域をうろついていると、オークランド湾内でさえ、見渡して、他の船を一隻も見ないことがある

自分の人生を見ているようで、なんだか面白い。

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性暴力を含めて、一方的な暴力に晒されると人間は感覚を停止することで自分をなんとか救済しようとする非常時モードに入るが、最近の、特に若い人を見ていると、その痛覚停止の防御機構が24時間作動しているように見えることがある。

世界中で起きていることで、日本語世界には限られていないが、

「隣がビンボならうちもビンボでだいじょーぶ」カルチャの日本でも、こればかりは比較の域を越えてダイレクトに骨身に応えているようです。

これに対してヤーヴィンやデニーンが解答を与えようとしてきたが、やはり上手くいきそうもないことが若い世代には感じられて、もっかは例えば

「webの公共性を回復する」というようなwebが旧来のコミュニティを破壊したところまで後戻りして、考え直してみようということになる。

東アジアでいえばオードリー・タンたちが問題の本質を熱心に解明しようとしている。

いまひとつやる気が出ないのは、破壊は創造に比べれば簡単で、あっというまにSNSやなんかの人間の「時間」の破壊で、思考から一歩進んで、日本語のような大衆社会言語では言語の崩壊までも起きて、あれよあれよという間に、元の黙阿弥、なにもか瓦礫に化してしまったが、再生も創造の一形態で、しんどいうえに時間がかかって、自分の生きている間に再生を見届けることなんか出来るわけがないのは判っているので、「やる気が出ない」、一種の鬱状態の無気力に陥っている人が多いようです。

そんなこんな

日本でいう「ロスジェネ」は英語では多分ブーメラン世代にあたるが、ひっくるめて目下は寒冷期で、だいたい2050年くらいまでは、これが続くと思われている。

北欧の冬みたいなもので、夜明けは来ないので、深い夜の闇のなかで、楽しみを見いだし、希望を育み、なんとか人間らしい生活をするしかないが、そのためには光はどこにあるかといえば、「知」以外に求める場所はない。

知能的に人間よりすぐれていても、あるいは、すぐれるようになっても、AIの知は光をもたらしてはくれないのは、ここまでのAIを見ていても明らかで、幼稚なうちは「式神」などと言って喜んでいればよかったが、社会に位置を与える処遇を間違えると、中世人が「人間より高い知性を持つ知力の最も邪悪な在り方」としてロゴスが生み出す可能性のある存在として描写した「悪魔」そのものとして機能する。

すでに振り回されている人も多くいて、ロジックどころか言語の様態そのものがAI化されてしまった人間たちが、AIのように話し、AIのように書いて、

いまの段階のAIでこの体たらくならば、この先なにが起こるかなど、考えるまでもないが、AIにとっての主語が文法上の席以上のものではなくて、背景もコンテキストも持ち得ない以上、AIの「知能」は光を持つ「知」にはなりえず、光が感じられるか否かを検知する感覚は、少なくとも英語世界においては若い世代ほど敏感で、AIにとっての絶望、人間にとっての希望は、どういうものなのか、いまの時点でも、形をなして見えるようになっている。

AIが、この先、SNSの時のように急進性を見せれば、若い世代はラッダイト運動に似た、AIの破壊に向かうはずで、愚かなトランプアメリカが「政府の規制」(!)によってAI技術をコントロール出来るという20世紀的な、というか、核のときに、既に不可能だと原理上からも判っていることを強行しようとしているあいだに、中国がAIの先頭に立って、平仄があってしまうだろうというか、「自由社会+人間性」対「全体主義+非人間的知性」という、なんだか古典SF的な図式が出来ていきそうです。

MAGA対リベラルの図式は、いまに始まったことではなくて、近くはオバマの時代に最も燃えさかって、ありようは「都会州文化対田舎州文化」で、ロサンジェルスやニューヨークのような大都会ばかりイメージとして伝えられる日本語世界では、判りにくいどころか理解するのは殆ど不可能だが、実際には非常に長い歴史を持つアメリカ社会の本質に根ざした対立で、 トランプ後のアメリカ政治の主流になりそうなポストリベラル右派にしてもデューク大学のラクロス事件が生んだと言ってもいい、いまの潮流は戦後の3回目、かな?くだらないクリシェを持ちだせば「三度目の正直」ということになるようです。

本を担いでやってきた船上で、読書に耽って、だいぶんアップデイトされたので、家に戻ったあとにでも、日本語で、少しゆっくり書こうと思っている。

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