火の薔薇 バルセロナの悪魔 その3 モンセラートの聖杯
11/7/2026
カタルーニャの国民詩人ヴェルダゲのモンセラート聖母への公式賛歌「ビロライ」(Virolai)は「Rosa d’abril」、四月の薔薇、で始まっている。
冒頭に書いたとおりバルセロナの異名は Rosa de Foc、火の薔薇であることを想起する。
カタルーニャには薔薇が二輪ある、という。
大火に燃えさかる都市の火の薔薇と、モンセラート山上の褐色の聖母の薔薇、とひとびとは口承する。
モンセラートという。
モンは普通に「山」の意味であるとして、セラート(serrat)は、ラテン語のserra、(鋸などで)「挽く」という単語から容易に推測できるように、カタルーニャ語で「挽く」という意味で、
つまりモンセラートというのは、行けば実感できる、あの何か巨大なものが鋸で挽いたとしか考えようが無い、やや現実感を欠くほどに唐突な断崖絶壁をそのまま表現したmont + serrat、「鋸で挽いた山」という意味になる。
伝承の説明に従えば、悪魔たちがやってきて、将来、聖なる山となる運命の山を鋸で挽いて引き裂いていった。
リヒャルト・ワグナーは人生の終わり、死の前年に「舞台神聖祝祭劇」(Bühnenweihfestspiel)「パルジファル」を書き上げるが、それは見ようによってはヴォルフラム・フォン・エッシェンバハのドイツ語圏最大の中世叙事詩「パルツィヴァル」の全体を圧縮したような奇妙な劇で、
聖杯城モンサルヴァート(Monsalvat)の王アムフォルタスが、魔術師クリングゾルの花園でクンドリーに誘惑された隙に、ロンギヌスの聖なる槍、すなわち聖杯と対をなすあの聖遺物、を奪われ、その槍で負傷する。
傷は聖杯の礼拝を執行するたびに開くが、「慈悲によって知にいたる、穢れなき愚者」(durch Mitleid wissend, der reine Tor)を待て、と予言が告げる。
愚者パルジファルはクンドリーの接吻の瞬間に、欲望ではなく他者の傷の記憶に貫かれることによって覚醒して、クリングゾルが投げた聖槍を空中で受け止め、十字を切って魔の花園を崩壊させ、聖金曜日にモンサルヴァートへ帰還して王を癒し、聖杯を公開する。
終曲の合唱は「救済者に救済を」(Erlösung dem Erlöser)、救う者自身が救われねばならないという、後年のナチをおもわせる謎に満ちた啓示、あるいは偽の啓示で終わる。


