【一人称小説】パラダイスへ 連載第四回
16/10/2025
岩瀬課長は、長期滞在客課の課長で、子供のときから、よく知っている。
帝国ホテルの良いところは、比較的におおきなホテルであるのに、日本の老舗旅館のようなサービスで、ひとりの宿泊客あたりの従業員数も、このクラスのホテルのなかでも群を抜いておおい。
フォーシーズンズやウェスティンのような巨大ホテルチェーンには、巨大企業体のよいところがあって、日本語ではひと晩泊まりか時間貸しのセックス目当ての客相手のホテルという意味になるらしいが、本来の意味の、小さな高級ホテル、ブティークホテルにはブティークホテルの良さがある。
おおきなホテルは、突発事への対応の懐が深いというか、予約なしで、いきなりスイートを希望する「馴染み客」が来ても、たいていの「繁忙期」ならば、満室だと看板を掲げながら、緊急時対策の空き部屋をスペアに用意してあるものだし、いざとなれば、クルマを出して、他のホテルに送り迎えすることも出来る。
ブティークホテルはブティークホテルで、クライストチャーチのジョージやチェンマイのラチャマンカホテルなどは、ほんとうに「痒いところに手がとどく」という表現があるが、
客によって、どこが痒くなるか予知能力があるような行き届いたサービスが待っている。
もっとも、小さなホテルは、まことに支配人次第ではあって、お茶の水・駿河台の「文人ホテル」などは、創業者の孫が経営を引き継いで、あんなに小さなホテルで、勘違いして、一種の経営クーデターで、それまでの総支配人をクビにしたら、格段にサービスの質がさがった、どころか、崩壊に近い状態になって、なにしろ、お行儀のよいウエイトレスと静粛が売り物だったコーヒーラウンジのウエイトレスが、客の後ろで、立ち話に興じている始末で、あっというまにホテル自体の「品」がくだったとおもったら、案の定、すぐに閉めることになったようだった。
三階に続き部屋がひとつあったが、なにしろ建物自体がこぶりなので、部屋はどこも小さくて、やや息が詰まるので、一家が実際に宿泊することは数えるほどしかなかったが、よいホテルで、父親などはひとりで日本を仕事の用事で訪問すると、ひと晩は、このホテルに宿泊して、駿河台の坂を白山通りの側に下りて、店内には毛沢東と周恩来の絵を掲げた「世界一餃子が旨い」店まで散歩して、いつもどおり、「支那は差別語です!」と印刷された箸袋から割り箸を取り出して、息子同様、日本の良さを味わっていたのだという。
身体ばかりは父親よりもおおきくなった息子と父とで、
「あの店の餃子を食べないことには日本に行った気がしない」とふたりで相好を崩す姿を見て、母親は呆れて、あなたたちは前世は日本人だったのではないか、と述べて揶揄ったりしていた。
日本の人に言ってもピンとは来ないようだったが、わたしにとっては、帝国ホテルは「家族的なサービス」の店で、英語世界の人間に言っても信用してもらえなかったが、なんの用事もなく、呼んでもいないのに、ドアにノックの音が聞こえて、出てみると、何か不足はないか、と尋ねたりする。
建物は洋風で、部屋も畳敷きであるわけではなく、アメリカのホテルにいるつもりで、万事支障はないが、サービスの根本が、良い意味で旅館のもので、うるさがる人もいるわけだが、善意だけしか感じられない「お節介」で、この善意のお節介なるものは、日本の人に自覚はないようだが、日本の人間関係の本質で、嫌なら、来なければいいだけ、というか恵比寿かどこかに行って、あるいは目白でもよい、アメリカ資本のチェーンホテルに泊まればよいだけのことである。
わたしは、帝国ホテルが好きだった。
ひとつには、早朝の築地へ、歩いていける、ということがある。
築地市場は、日本全体の魅力を屋台骨になって支えているような聖地で、日本橋市場のような「ばらけた」構成では、ああはいかなかっただろう。
場内で、お決まりのマグロのオークションを見て、顔を識っている仲買の人と、ひさしぶりですね、と挨拶して、場内の龍寿司という店で握りを食べて、ぬる燗の酒を飲む。
たいてい店の暖簾をくぐるのが、7時半かそこいらで、そのころになると、築地人たちは、もう仕事が終わって、すっかり出来上がっていて、
「あっ!おにいさん!前にも会ったよね。ここは日本酒は不味いのしかないから、こっちに来て、一緒にウーロンハイ飲もうよ!」などと述べて、女将さんに、チョーおっかない顔で睨まれたりしている。
あの店の女将さんは、ああいうとき、お愛想のひとつ、冗談めかした皮肉のひとつも言わない人で、客の顔を正面から睨み付けるところが、好きだった。
四合ほども酒を飲んで、東北産の魚が多い鮨と刺身を食べて、今度は場外の「羊」というコーヒー屋へ行く。
「通」が行くコーヒー店は、別にあるが、通などになってしまっては家名に傷が付く、は冗談だが、たまったものではないので、通がいかない、素人好みのコーヒー屋へ出かけることになっていた。
何ヶ月も行かないのが普通なのに、顔を覚えているばかりが、好みのものまで憶えているところが東京の店のすごいところで、名前どころか、異なる人種の人だと、言うだに恥ずかしいが、顔の区別がちゃんとつかなくて、
そういうことは得意な妹に「おにいちゃんって、もしかして、生まれついての人種差別主義者なんじゃない?」と酷いことを言われたりする自分としては、あまりに恥ずかしいので、懸命に、こっそり写真まで撮って憶えようとするが、生まれついて顔を覚えられないのか、バカなのか、
いまだに、相手が日本の人だと、人を取り違えて恥をかいている。
これが不思議なことに中国系人ならば簡単に、間違えもせず、区別がつくので、なにか形状以外にも理由があるのだとおもうが、理由は判っていない。
軒を並べてコーヒー屋だった隣の店が、ラーメン屋に変わって、人気店らしく、人で立て込んで、もっと落ち着いて食べればいいのに、とおもうが、ガードレールに腰掛けざま、盛大に音を立ててラーメンをすすりこむ客を横目に見ながら、バターを塗ったトーストにオムレツみたいなものが載っている、大好きなメニューの、不思議なエッグトーストを食べながら店の主人と話していたら、店をたたむことにしたのだという。


日本の人、何かしらアピールが弱い所があるのですかねえ。華人の人達、パッ!と飛び込んで来るような印象の強い人が多い気がします(もちろん、シャイな、はにかむような笑顔の人もたくさんいますが)。 山の上ホテル、結局一度も行かずじまいでした。外観はちょっと素敵だな、と思うのですが。 もう東京もそれなりに長いですが、ずっと西の方に住んでいたし、とにかくビンボーだったので都心のことはまるで!知らないのです。きっとジェームズさんの方が良くご存知だと思います。 連載楽しみです!
話を聞いているだけで、読んでいるだけで楽しい。体験から生まれた手触りの魅力かなと想像しています