荒野の人
10/8/2026
アラビア語原典からQur’ān(クルアーン/コーラン)を日本語に訳したので知られるイスラーム思想アラビア語研究者で、日本イスラーム学史上の巨人と呼んで良さそうな井筒俊彦が私淑した先生は、ムーサー・ジャールッラーハ・ビギエフ(Mūsā Jārullāh Bigiyev )というタタール人の大学者で、井筒俊彦が教えを請うて入門したとき、家賃が払えなくて、大家の厚意で貸してもらった押し入れに住んでいたのは日本語世界でも有名な話であると思います。
井筒自身の回想として述べられる、出会いの情景、代々木の家を訪問して
「サラーム」と声をかけると、目の前の押し入れからアラビア語の返事が返ってきて、押し入れの上段からビギエフが這い出してくるところは、ふたりの人間の出会いの光景として、最も美しく、笑う人もいるだろうし、それはそれでいいのだけれども、わしなどは、そのころはまだちゃんとは読めていなかった日本語でなにが語られているかが頭に入ってくるにつれて、根がアンポンタンなので、いきなり涙が出てきて困った。
困窮して押し入れの暗がりに座して、頭のなかにすべて暗記されていたという数千の書籍のページをめくっている姿が、わしガキのころから、「人間とはこうあるべきだ」と教わった、そのままの「荒野をわたる人」だったからです。


