雪譜
19/7/2026
オークランドという街は、気候温暖で、フィリピンや日本から来た人は、もう少し波瀾万丈な気候でないと退屈で死にそう、と述べたりしているが、
天然の空調がついているようなもので、一年の大半が摂氏14度から22度の範囲にすっぽりと収まる。
今年は気候の荒っぽい年で、9℃、なんて「一桁」の朝があったり、滅多にないことだが、30℃になった日が、確か、一日あったような気がする。ニュージーランドは、どちらかといえば寒冷な国で、日本では太平洋にあたる向きの海が南極海だ、と述べると直覚的にわかりやすいかもしれない。
日本では「大陸性高気圧」という言葉を、よく聞いていた記憶があるが、
オーストラリアの砂漠は巨大な熱源だが、なにしろ「隣り」といっても2500km離れていて、大陸から、頑張ってタスマン海に張り出した高気圧も、途中で、力つきるもののようです。
2500km、というと軍事史に詳しい人にとっては、直ぐにピンと来る、
大日本帝国の「絶対国防圏」で東京から南南東へ2500km行けばサイパンで、九州からならばパラオ共和国に届いてしまう。
札幌から北に2500km行くとヤクーツクあたりのシベリアの奥地でタイガの真ん中で、なんだか書いているうちに面白くなってしまったので、しつこくも西へ行ってみると、福岡からならば諸葛亮孔明で有名な蜀の四川省で、成都よりもまだ先で、パンダがいるあたりなので、蜀の山の急斜面でパンダたちと、坂コロリンをして戯れられるのだと言われている。
書いていて気がついたが、2500km、大日本帝国の想像力が及ぶ範囲なんですね。
日本の軍人の軍事上のイメージが半径2500kmくらいだった理由が、よくわかる。
要約、なにが言いたいのかというと「隣」といっても、遠いんです。
「隣りの国」などは、ほとんど誇張と言ってもよい。
ことほどさようにニュージーランドは絶海の孤島で、一方で、なあんとなく誤魔化して書いているが、実は南極まで南島からは最短2500kmで、
はっはっは、道理で夏の熱暑が存在しないわけである。
なんちて。
知ってたけど。
子供のときに、常に生意気な妹が、セーラームーンの話をして「お仕置きよ!」をやってみせて顰蹙を買いつつあった兄(←わしのことです)を尻目に、地球の温暖化の話題を食卓に提出して、両親も身を乗り出すような興味の示し方で議論が始まったとき、おお、でもロンドンは熱波でえらいことになるかも知れないけど、ニュージーランドは近所の南極がどんどん溶けて、自然のエアコンが効いて、涼しくていいよね、と述べたら、
当家の対ガメ名物、「気まずい沈黙」がテーブルを支配することになった。
冗談だっちゅうのに
まあ、そういう他の世界全般の問題と同じように、いろいろなわけで、
オークランドは、へろい気候で、だんだん柔弱な気候に身体が慣れてくるのと、42年も生きてくると、甲羅を経て、口は減らないが筋肉は減るので、将来は骨身にやさしい生ぬるい気候を愛することが予想されて、文句はないが、ひとつだけ憤懣やるかたない、…はちょっとオーバーか、もの足りない、が、いいかな、…
は、雪が降らないことで、日本の雪がなつかしい、とおもう。
雪は、気候のなかでも、文化性が強い存在で、
欧州の北半分ではアンデルセンの「雪の女王」で、冷酷、試練、そして純心の象徴であって、これがロシアになると、北海や南極海の冷たい水の海と似ているというか、無慈悲で圧倒的な自然の象徴、人間の力など歯牙にも掛けない、こんなんが「母なる自然」だったら、家庭内暴力じゃん、な強烈な、110番を掛けたくなるような、船室の隅にうずくまって泣き出したくなるような強烈さを伴う。
ロンドンも雪の夜に美しい姿を現す街だが、人工的で、わしなどは「デパートのショーウインドーですか」な、過剰演出に思われて、あんまり好きではない。
日本の雪は、よかったな、と考えます。
「雪見酒」などは、世界に無類(むるい)の、うっとりする、素晴らしい文化で、
箱根の蕎麦屋で、川沿い、窓外に降りしきる雪を見ながら、熱燗で一杯やりたい一心で、なんであのときはVWだったのか、エンジンブレーキという概念がないクルマなせいで、箱根の坂には最も向かないクルマのゴルフをとばして、箱根に駆けつけて、おそるべき無計画で、大雪で、帰れなくなって、
そこが不良青年の恐ろしさで、困るどころか、
おお、ちょうどいいや、と喜んで、箱根富士屋と芦ノ湖プリンスに居続けで、たしか二週間ほども滞在していたのだとおもう。
雪の箱根ほど、よい場所はない。
なにしろあの地形なので、クルマでやってくる人も少ないのに、宮ノ下側でも芦ノ湖湖畔でも町はちゃんと存在して、営業中で、百数十年の観光の歴史で磨かれているので、食べ物もタッキーでない味のものがあって、朝から日本酒を飲んで、のんべんだらり、だらだらだら、女将さん、丹前って、もうないんでしょうか、をやっていれば、あっというまに時が経ってしまう。
箱根富士屋ホテルは小佐野賢治が買ってから、すっかりダメになったというが、横井庄一が買って、火災のころには、すっかり高級売春宿になっていたホテル・ニュージャパンなどとは、当たり前だが、本質が異なっていて、
いまは、観光客が増えすぎて、もっと安めなカフェにメニューを移したそうだが、当時は、欄干に堂々たる龍の浮き彫りがあるフレンチレストランで饗されていたカツカレーが健在で、蕎麦切りとカツカレーで、近くには小涌園のテキトー温泉もあったが、実は、箱根富士屋ホテルの隠された「最良サービス」は温泉の水質で、温泉音痴で、温泉といえばNZのルイスパスで、河原を掘って、湧き出る温泉に素っ裸のチ○チン丸出しで浸かるものだとおもっていたタワケのわしにも、はっきり判るほどの源泉の佳さで、西洋式でくつろげるおおきめなバスタブに浸かって、
ご、極楽じゃあ、と放心することを常とした。
そして、窓の外は、雪。
いま思い出しても、日本はいいなあ、と雪ゆえにおもう。
雪が降り出すまで、待ってから欧州やニュージーランドに向かって日本を発っていたのだから当然だが、
日本にいた年には、冬のそれぞれに雪の思い出があって、
金沢の雪の低山を、太ももまで雪に埋もれて登って、工房で、モニさんと一緒に紙漉きを習ったり、やはり金沢の香林坊で見た、まるで次々にやってくるダンプカーがひっくり返して、荷台からぶちまけていくような、ドサドサと落ちてくる、こういうのは降雪というよりは「空(そら)雪崩」と言ったほうがいいんでないかしら、というような、凄まじい降雪、子供のときは大好きだった札幌の吹雪の雪まつりや、鎌倉の、明月院や建長寺の雪の境内、なにより、大好きな街だった東京の、見渡す限り、白色が被さって、覆って、まるで人の世の醜さを神様が覆い隠してくれたような、銀白色に輝く美しい街路が、忘れられない。
その年はモニさんの誕生日に、ニュージーランドから欧州に戻る途中で、日本に立ち寄って、水抜きをしてあるから大丈夫だとおもうけど、別荘が傷んでいないかどうか見ていこう、ということになって、軽井沢にいた。
モニさんは、ガメがいて、ふたりとも神様のおかげで運が良くて、
わたしは最高の誕生日かもしれない、と述べていたりして、
いやいや、まだまだこれから「最高」が来るのさ、もっともっと幸せにするからね、とかなんとか、歯が浮いて歯なしにならない総入れ歯の、三流映画みたいなセリフを、わしのほうは自然に述べていて、ふたりともあんまり「誕生日の食事」に凝るほうではないので、
ビジネススクールかぶれの経営者の、安普請の書き割りみたいな「高級」ホテルで有名だが、レストランは、なかなかいい、ということになっていた軽井沢のホテルのフランス料理屋で、夕飯を食べていた。
モニさんが「これで、雪が降ったら最高だけどなあ」と無理なことを言うので、
「ただでさえ『氷の町』で雪は降らない土地なのに、おまけにいまは3月の終わりだもの、無茶を言ってはいけません」と述べていたら、モニさんが、窓の外を見ている。
つられて、モニさんの視線の先を見ると、さっきまでの青空から、いつのまにか、低い、鈍(にび)色に変わった空から、白いものが、ひらひらと落ちてきている。
へっ?
とおもっていたら、見る見るうちに雪になって、あっというまに霏霏として舞い落ちる雪になって、地面に積もりだしている。
こんなことって、あるんだ。
モニさんもわしも、レストランの中庭に出て、空を見上げて、神様の祝福を独り占めにするようなモニさん誕生日を祝いました。
そのときのモニさんの、ほっぺと鼻の頭がうっすら赤い、嬉しそうな顔と言ったら!
モニさんもわしも、
日本のこういうところがたまらない、
もうちょっと女の人への態度はどうにかならないのか
どうして規則規則規則で、がんじがらめにしゃっちょこばって、
せっかくのやさしい心映えが活かされないのだろう
180度、といいたいくらい異なる文化なので、初めの驚きと興奮が去って、
だんだんいろいろな細部が見えるようになってくると、
ブーブーブー、
不平も多くなるが、それも雪景色を見ると、
いつもどこかへ行ってしまっていた。
日本にはネトウヨのひとびとが主張するのと、ちょうど反対のところに、
世界がどうしても失うわけにいかない「美しさ」がある。
日本語という言語は、その代表だが、自然も、
なだらかで、たおやかな、やさしい稜線からは想像もつかない高さの巨大な山々や、周りにはなにもないのに、そこにだけ、どおおおーんと「在る」、
まるで神様が悪戯でつくったような自然美の富士山、
なによりも、蕎麦屋でひとりで雪を見ながらお猪口を傾けていると、いつのまにか側に立って、
「ああ、いいわねえ、日本もバカな国だけど、こういう日があると、外国旅行になんか行く気がしないわ」と述べる蕎麦屋の女将さん、
なんだかバカみたいな言い方だが、日本には、日本にしかない、
日本でしかありえない瞬間や永遠の美が無数にあって、
国全体を宝石箱のようにしている。
なかでも雪は。
日本の雪がなつかしい。
日本の雪がなつかしい。


ありがとうございます🥰
千葉県から新潟市に引っ越して四半世紀を超えました。雪は温暖化のせいか、最近はずいぶん少なくなったように思います。
もしかして、生きているうちに、「雪がなつかしい」という日が来るのだろうか…
「日本でしかありえない瞬間や永遠の美が無数にあって、
国全体を宝石箱のようにしている。」
↑こんなふうに思ってくれる海外の友だちがいてくれるのが、心の支えです。
1.2年しか住んだことはないけど、台北やシドニーにも、そこでしかあり得ない、忘れることができないたくさんの思い出があることを、思い出しました。😌
ずいぶんと、不義理をしてしまっていますが、ガメさんの文を読むと、記憶の奥底から、いろんなものが湧き出て来ます。大事にしないといけないもの、を思い出させてくれます。
いつもありがとうございます😭
なにしろ寒がりで冷え性なのに、飛騨高山に6年住んだ。
近所の方たちによると「信じられない程」雪が少なくなっているそうだったが
もう三月も終わるにも関わらず、引っ越したその日に追加でストーブを買わないと眠れないくらい、寒かった。
雪の「恐怖」を味わったのは、つぎのシーズンからだったが、日に何度も何度もやらないとならない雪かきは過酷だった。
雪が重くて、気温が低いので解けない。 雪山はどんどん大きくなり、捨て場所が埋まってどうにもならない。
水路に流すのも限界がある。
ある年は、河合村が雪で孤立して自衛隊が救助に大挙して現れた。
メガクルーザーを初めて見たのはその時だった。
雪下ろしの経験が少ない部隊が、屋根の方側だけを下ろし過ぎて、家が傾いて壊れた事があったらしい。
確かに白一色で、雪景色は美しい。
茅葺き屋根の集落なら尚更だ。白川郷は冬に限る。
乗鞍の冬の姿は、神々しい。
私が住んだ時期より昔、降雪量は遥かに多く建物の一階は雪囲いで塞ぎ、二階の窓から出入りしたそうだが
おそらく、その前提で作られた家は、雪が少ないと死ぬほど寒い。 雪の断熱効果は侮れない。
北海道の家は、室内が暖かいと聞いたが、アソコの冬は他所者には過酷だった。
それでも身体が慣れるのよね。 高山から出る時の冬は「今朝はマイナス3度だって!あったかいねええ!」なんて言ってた。
マイナス10度を下回る夜の道端で話し込めるくらいには、慣れた。
従って、「一生分の雪」は、もう見たので、次こそは南の島がいいなあと思っていましたが
オークランド、いいなあ。 常春の国「マリネラ」みたいね。