寂寥としての言語について
14/7/2026
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社会の希望の総量が減少してくると、その社会で話される言葉は、寂しさに似てくる。
Hola!
Hi!
¡Hola, James! ¿En qué puedo ayudarle hoy?
顔なじみの店員が、笑顔で話しかけてくれる。
出会いの言葉で始まった社会も、いつか成熟して、老いて、
人間の人生なんて、こんなものだったのか、と判って、
別れを告げ、
家路に付き、
横たわって、
愛するひとびとに別れの言葉を残して、無に向かって旅立ってゆく。
では人生とは、いったいなんだったのか、と考えるのは、自分の人生が「見えて」来はじめる40代くらいのもので、その後は、淡々と受け入れて、
このまま静かに去っていきたいものだ、と考えるようになってゆく。
人生は公平に出来ていない。
まだなにをやっているのか判っていないうちに試合が終わってしまう競技のようなもので、ようやっとルールや競技の定石が判りかけてきたときには、もう退場を勧告されている。
“Applause doesn’t mean anything. Silence is the success of the artist.”
(喝采には意味がない。沈黙こそ芸術家の成功である)
と述べたウラディミール・ホロヴィッツは、人生について述べたのではなかったか。


