【Archive】チャーハン大王の宮殿
17/5/2014
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1963年の誕生日に60歳で死んだ小津安二郎は当時の日本人には珍しく食べ物の味にこだわる人だった。
60年代初頭までの日本人は東京人でも日曜日に家族で連れ立って池袋の丸物百貨店(あとのパルコ)の食堂で父親と母親はざるそばで6歳の息子はホットケーキをたべる、くらいが「中流」家庭の習慣で、いまの日本のように食べ歩きの書籍や本がある世界とはずいぶん異なったようです。
テレビが興隆して斜陽になってゆく直前の映画業界人や当時は「人気」という一面においては芸能人ふうな面があった小説家というような「特殊な」職業のひとびとに「うまいもの好き」は限られていた。
なかでも小津安二郎のように「おいしいだけでなくて安くなくちゃダメさ」という、いまなら最も多いB級食道楽は、この頃流行った言葉使いで言えば「ダンディズム」に属して、ごくごく限られたひとびとの考えだった。
小津安二郎が好んで通った中華料理屋「東興園」は火事で焼失したいまでは神話になっているがシューマイとチャーハンで有名だった店である。
日式肉まんを発明した「維新號」と人気を二分していたのではないだろうか。
いまの「B級グルメブーム」は文芸春秋社の半藤一利が凄腕編集者らしく「仕掛けた」もので、その初めのシリーズの一冊が「B級グルメのおいしい銀座」だが、文春ビジュアル文庫という、「グルメ」という言葉と同じくらい新しい「カラー写真をふんだんにとりいれた文庫」は、こっちの体裁も、うけて、600円という。その頃にしてはとんでもない高価な文庫であったにも関わらずベストセラーになった。
その本のなかにも「『東興園』のカレーチャーハン」という井上喜久蔵なる人が書いた文章が載っている。
そこには『東興園』のやきめし(普通のチャーハン)とカレーチャーハン両方のレシピが掲載されていて、材料は
カレーチャーハン
茹で鶏(名古屋コーチン)
タマネギ
パセリ
ご飯(ササニシキ)
特製カレー粉
塩
味の素
やきめし(チャーハン)は、
自家製チャーシュー
干し椎茸
炒り卵
茹でグリーンピース
ご飯(ササニシキ)
で、両方ラードで炒めている。
作り方は普通の日本式で、やきめしで言うと、まず溶き卵をいためて、そのなかにチャーシューと椎茸をいれて、そこにご飯をいれて出来上がり。
日本式というのは中国人の友だちがいる人は知っているはずだが、中国人は
A ご飯を投入して炒めてから卵をいれる
B ご飯と卵を一緒に投入する
C 卵を炒めてからご飯をいれる
の、どの方式が「正しい」か年がら年中激論しているからで、日本式のCは、実は最少数派です。
「論外だ」などという。
傍でながめている人間としては、「ご飯は少しでも穢れのない状態におきたい」ご飯未通女(←すごい漢字表現。「おぼこ」と読みます。汚れがないことをあらわす)主義というべきものが感じられて、なんとなく可笑しい。
チャーハンのついでに餃子について少しだけ述べると、いま日本語ウィキペディアをみると徳川光圀が朱舜水から教わったと書いてあるが、戦後の雑誌を読んでいると、一般ふつうの日本人が餃子を食べるようになったのは相撲取りの天竜三郎が戦後しばらくして銀座に開いた「天竜」が爆発的な人気を博してからのようで、一方、神保町のスヰートポーズのような満州引き揚げ組の餃子は、「鉄鍋棒餃子」の形で復活するまで、スヰートポーズのような店でのみ供されて名前は同じ「餃子」でも、少し違う食べ物のポジショニングだったよーである。
餃子は、オークランドの若い中国人たちの解説によれば、おおもとは年末の年越し蕎麦のような食べ物だったそうで、日本の人たちは「中国には焼き餃子はない。前日の残り物を焼くことがあるだけだ」と「通」なひとびとが述べるが、通人の他の弁説と同じで全然はずれではないがピントがずれていて、日本以外の国の中華料理屋に行けば一目瞭然、中国人のなかでも若い世代が好むのは圧倒的に焼餃子で、次が蒸し餃子(←わしが好きなのもこれ)、じーちゃんやばーちゃんに支持される水餃子、と大別される。
20個で10ドルとかがふつーで、東京で供された餃子の皿をみてどよめいている中国人観光客は、注意すればよく観る光景だが、あれは餃子の美しさに感動しているのではなくて、あまりの餃子の数の少なさに目を疑っているのです。
「日本人てケチなんじゃね?」という若い世代の日本人観は6個しかない餃子の皿に起因しているのやも知れぬ。(冗談です)
「東興園」には餃子はなかったが、どこの中華料理屋も同じで餃子という食べ物は多分利益率の高さから「中華料理のもう一品」として70年代を通じて店側の需要で急速に広まったのだと思われる。
前に調べていて日本式餃子が戦後生まれのラーメンより更に歴史が新しい食べ物なのを発見してびっくりしたことがある。
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ふんわり、軽く、パラパラとした仕上がりになるのが名人シェフのチャーハンです、と書いてある日本の本はたくさんあるが、面白いというか、なんといえばいいか、中国人たちに訊くと、「それは名人の条件じゃなくて、コックの最低限の腕前の条件だよ」と言って笑う。


