【Archive】日本の友達に
17/7/2020
断片はたくさんある。
西銀座デパートの二階にあるイタリア料理屋で、ずいぶん本格的なイタリア料理を食べながら、外を見ている。
斜向かいにソニービルが見えている。
東芝ビルは東芝の本社なのかとおもっていたら電通が持っているビルなのだと誰かが述べていた。
室生犀星が名前をおぼえてもらって「いつものですか?」と言ってもらえるようになりたくて、半年だったか、毎日のように通い詰めてイチゴパフェを食べ続けた不二家のビルがある。
東京の街では銀座と有楽町/日比谷が好きで、モニとふたりで、ずいぶん通い詰めた。
電気ビルのてっぺんにあるバーで冷やし中華を食べる。
帝国ホテルの新館のペントハウスにあるプールで泳ぐ。
たいていのイタリアのピザ屋よりもおいしいピザを出すピザ屋でマルゲリータを食べて、帰りには下のワイン屋でマルベックかテンプラニーニョを買って帰る。
日本の人も訊けばたいてい知っているのではないかとおもうが、日本はフランスワインがバカみたいに高くて、スペインやチリ、アルゼンチンのワインは、多分、世界でいちばん安い。
ニュージーランドやオーストラリアのワインも、当の二国より安いが、どうしても「地元」のワインなので、わざわざ東アジアの隅っこの国に住んでいて、買う気はしない。
自然、マルベックやテンプラニーニョが多くなった。
泰明小学校の前のAux Bacchanaledでシャンパンを飲んで遊ぶ。
数寄屋橋通りの割烹店でひろうすや一本アナゴを食べる。
ここだけは、もういちどヨーロッパの帰り途にでも、なんでも行ってみたいので、なるべく内証で、どこにあるか判らないように書かなければいけないが、モニとぼくが大好きな天ぷら屋さんに行って、おいしいどころではない、お品書きにも載っていない、さまざまな天ぷらを食べます。
ずっと昔から不思議におもっていた、世界中どこに行ってもあると言ってもいいくらいの「牡蠣の天ぷら」が日本にだけない理由を明快な言葉で教えてくれたのも、ここの「大将」だった。
「調理の見てくれが悪いからですよ。油は撥ねるでしょう?
牡蠣はどうやったって撥ねるんですよ。
天ぷら屋で油が撥ねちゃ、さまにならねえ」
大将は、あっさり、江戸弁が顔を出す日本語で教えてくれます。
相棒の奥さんは、ときどき、感に堪えたように、「ほんとうに、ほんとうに美しい奥様ですねえ」と言う。
モニは日本語が判らないが翻訳するまでもない、様子でわかるのでしょう、ほっぺを赤くして、居心地が悪そうにしています。
宮本銀器店に行く。
See’s Candiesに寄って、あれこれ試食して箱にいっぱい詰めてもらう。
ミキモトの上階で、なじみの、素晴らしい世界一と言いたくなる白髪の店員さんの、モニを見た途端に、パッと明るくなる見事な笑顔を見る。
この、もう欧州でも滅多に見られなくなったような、行き届いた、知の輝きがある店員さんは、なんどか、このブログでも書いたことがあります。
もちろん伊東屋にも行く。
外国人の目から見ると、不思議を極める文房具店で、高級万年筆をずらりと在庫で持って並べている。
同様の店があるロンドンやパリはともかく、ニュージーランドでは「そんなバカな」と取り合わない人がある。
もっともメルボルンの万年筆屋で同じ話をしたときには、老齢の店員が「ああ、伊東屋! あの店になるのが、わたしたちの夢ですよ!」と述べていた。
モンテグラッパの本社を訪ねて行ったときに万年筆クレージーと言いたくなる役員のおっちゃんの万年筆にかける凄い情熱に圧倒されてしまったが日本の人は小売の役割で同じ情熱を持ちうるようでした。
実際、日本の店のよいところは、自分が扱っている商品に誇りをもっていて、パッションが感じられる人が多いことで、いまはもうなくなってしまったが、築地などは、その典型で、良い魚や貝を買うにはどこを見ればいいか、良いものを仕入れるために自分たちがどれほど努力しているか、懸命に話してくれて、といってもどうも、ほんといに判ってほしいお目当てはモニさんのほうで、ぼくが通訳をさぼっていると、目で催促する人までいたようだが、そのくらいは大目に見てあげよう、一心不乱に説明して、そういうところが、時給や給料に見合った仕事しか断固やらない西洋の人間とは、だいぶん異なるようでした。
日本の人を怒らせてしまうかもしれないが、時々述べているように、日本がほんとうに民主社会になって、ひとびとが自由を求めるようになって、いまの全体主義をやめて、自由社会になることを心から望んでいるかというと、心許ない気がします。
日本は極く天然に全体主義社会で、しかし、ここで「全体主義社会」と言うのは、「西洋の定義でいえば」ということで、どういえばいいのかうまく言えないが、日本は、ちょうどマヤの帝国がそうであったように、もっと深い淵源から、西洋的な自由を拒否しているように感じることがよくあった。
いまの、いかにもcome undoneで、だらしがない、野放図に欲得だけを追究する社会は、誰がみたってみっともないだけで嫌だが、では西洋社会になってほしいとおもっているのかというと、どうも、そうではないようです。
前にも書いたが、日本は社会に対する批評軸でさえ、死者の側にある。
生きていることの喜びに、たいした価値を見いださない文明で、それとは別の、須臾の美や、瞬間に永遠を見いだす、独特の美意識が本領の文明であるようにおもえる。
端的にいえば、例えば日本人の文明観は能楽に集約されていて、
あの息を呑むような美は、実は、人間性を否定することによってなりたっている。
死の側から生をふり返ることによって生の価値を見いだしている。
モニもぼくも、日本が大好きだったのだとおもう。
後半は日本の社会に苛立つことがおおかったが、あれは、ひとつには日本語が上達して、日本語で思考を初めから最後まで全うできるようになると、まるで自分が日本人であるかのように錯覚が起こるのに加えて、もうひとつは、もっとおおきな力を持った、もっとくだらない理由で、いま考えて観ると、ホームシックだったのだと思います。
異文明世界に興味をもった英語人が陥りやすい罠で、無意識に、ホームシックだと、どうしても認めたくないものだから、社会の矛盾点や、不合理な点に、猛烈に腹を立てることになる。
でも、ほんとうは、まるでイングランドのウェールズとのボーダーに近い町がそのまま南半球に越してきたようなクライストチャーチの町にいてもホームシックになったりするわけで、難癖をつけられた日本文明こそ、迷惑だったのかも知れません。
日本とイタリアは、この地球の上で、ただふたつ、と言いたくなるほど自然が、たおやかで、美しい国で、日本では、イタリアで言えばラツィオに似て、人工の傷痕が痛々しく剥き出しになっているところも多いが、
それでも、そこここに残っている人間の手がかかった自然が美しい国です。
花粉症で評判が悪いが、日本の、例えば松之山に入る手前の、中村の、そのまた手前にある鎮守の森にクルマをとめて、モニとふたりで、急峻な階段をのぼってゆくと、まるで樹の神々が立ったまま会談を開いているような聳立する杉の巨木たちを見る事が出来る。
あるいは、到頭最後まで現実には極く一部しか見ることは叶わなかったが、晴れた日の芦ノ湖にボートを出すと、冷たい湖水の底で静まり返る、近くの山から地盤ごと滑り落ちて出来た「湖底の森」を見ることが出来るという。
深更、午前1時か2時、モニとふたりで、箱根の芦ノ湖側に泊まるときの、ツツジが咲き乱れる頃は「山のホテル」だったが、普段は定宿の箱根のプリンスホテルを出て、湖水に立つ、鎧武者の亡霊が出るという鳥居まで出掛けて、出るかなあ出るかなあ、と待つ。
またあるいは、モニもぼくも自分たちの社会では「食用に適さない」ということになっている鰺が、外国人特派員協会の鮨屋の大将のおかげで好きになって、「よし、今日は鰺フライを食べに行く!」ということになると、クルマを運転して川奈に向かった。
川奈は、日本のなかで、まるでそこだけイギリスであるかのような一角で、川奈ホテルの建物から、海へ向かって歩いておりてゆくと、茂みの向こうには、到底日本とはおもわれない海辺の光景が広がっていて、ふたりで陽光に輝く海を眺めてから、外国人のテキトーな理解力では「同じ場所を違う名前で呼んでいるんじゃないの?」とおもう、稲取の定食屋さんに鰺フライと鰺のたたきを食べに行く。
日本はパラダイスで、ぼくには、たくさんのたくさんの、もしかしたら日本の人にも思いもつかない数の良い記憶を置き去りにしてきてしまっている。
それを全面的には書きそびれて来たのは「日本すごい」「日本素晴らしい」と述べるひとたちの一群が、あまりに愚かで、簡単にいえばバカの群だからで、だから日本を褒めることには、日本語が出来る、日本をよく知っている外国人ほど躊躇する。
平均的なイギリス人、といってもほんとうにはそんな奇妙なものは存在しないだろうが、平均的なイギリス人というものがあると仮定して、彼または彼女に、「イギリスは素晴らしい国ですね」と話しかけたとすると、彼または彼女は、「わたしはご覧の通り、イギリス人なので、どう応えればいいかわかりません。でも、ありがとう」と言うでしょう。
日本の人も、心があれば、おなじ反応を示すとおもわれる。
でも、もういろいろ遠慮していても仕方がないので、日本の良いところについて述べて行きたいとおもっています。
照れないように。
きみが住んでいる国は、きみが考えているよりも、ずっと良い国なのだと、ぼくはおもっているの。
あまりに価値観が根底から異なり過ぎていて、住んで暮らすには、ぼくには向いていないし、モニにも向いていないが、向く向かないと、社会として良いかどうかは自ずから別だとおもう。
西洋ではないのだから、西洋の価値をあてはめて、いろいろに論評しても仕方がないことも判り切っている。
第一、いまの時代、例えばオーストラリアの社会が気に入ればオーストラリアに引っ越して住めばいいだけ、ということもあるでしょう。
それよりも日本の美しさを書き留めて残しておきたい。
日本の良い所を、日本人のみんなと一緒に話してみたいとおもっています。


本当にガメさんの書く日本の想い出はきらきらしていて、なぜか日本に住んでいるわたしまでもなつかしいような光に包まれた空気に包まれる、そんな気分になります。
これから先もこんな素敵な一面がこの地に残せればよいなと思います、日本という形がいつか無くなってしまったとしても。
「天ぷら屋で油が跳ねちゃ、様にならねぇ」と言った大将が、後で牡蠣の天ぷらを出してニヤッとするのでしたよね。
粋なエピソードで大好きです。
モニさんの真珠の首飾りのエピソードも。
ガメさんの日本での美しい記憶の数々が好きで、それがハーネスになって、自分をシャッキリさせてくれている気がします。
もう「自分は日本人である」という自意識は捨てたつもりなんですけどねぇ。