学問もやれず
絵もかけず
鎌倉の奥
釈迦堂の坂道を歩く
淋しい夏を過ごした
あの岩のトンネルの中で
石地蔵の頭をひろつたり
草を摘んだり
トンネルの近くで
下から
うなぎを追つて来た二人の男に
あつたこんな山の上で
と、日本語を最も巧みに操ることが出来た詩人、西脇順三郎が述べている。
有名な「旅人かへらず」の二十八番です。
鎌倉に土地鑑がある人ならば判るが、西脇先生は大町に住んでいたので、先生の習慣は、八丁目の堀に沿って山のほうへ歩いていって、浄明寺に抜ける、あの美しい小径を歩くことだったのが判ります。