ガメ・オベール JamesJames

東の果ての、海の彼方に

26/2/2026

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ガメ・オベール JamesJames
Feb 25, 2026
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子供の時に読んだ本なので正確な表現を憶えていないが、ラフカディオ・ハーンの日本についてのエッセイに「Japanese mysterious smile」という表現が出てきて、文脈から、inscrutableという意味で mysterious という単語を使っていた。

父親の広大な図書室に忍び込んで、床にぺたりと座って、多分、「日本の面影」だったのではないかと思うが、それも、もう判然としない。

ずっと後になって、今度は日本語で「日本人の謎の微笑」と、美しい神秘性としての文脈で文全体が訳されているのを見て、翻訳者がハーンへの傾倒のあまり、全体に思い込みが支配した翻訳になっているような気がしたが、それはそれで、美しい意識の流れを作っていて、日本語のハーンはいいなあ、という感想を持ちました。

英語人の心のなかで、日本がずっと「美しい国」だったのは、ラフカディオ・ハーンの影響が、初期条件を成して、とてもとても大きかった。

セツとの合作と言っていい「怪談」「奇談」で晩年のハーンは自分を作り直したが、もともとは、ハーンの自己イメージは、情熱的で、欧州世界のキリスト教的価値観に反抗的な、あんまり世の中から相手にされない小男、だったように見えます。

日本という国がなければ、彼はあんなに長く生きていかれたかどうか。

シンガポール、日本、ニュージーランドという、子供のときの「パラダイス記憶」がある三つの国のうち、ニュージーランド語と日本語の「音」が好きだった。

こういうことは完全に自分の趣味で、好尚で、他人に告げることに意味があるとは思えないが、例えばシンガポールの人が、

「特别突出的打击」(特に際立った打撃)などと言うときの「音」が、子供のときは耳障りだと考えたのだとおもう。

いまは流石になんとも思わなくなったが、子供のときは敏感で、自分の母親や父親、両方の祖父母というようなひとびとの英語は、揺り籠のようで、心地が良かったが、英語も、「音」があんまり好きな言語ではなかった。

英語を話す人のためにいうとニュージーランドではオタゴ訛が特に好きだったが、それとは別にマオリ人の言葉が好きで、比較的短期間に、語彙が増えていった。

ちょっと日本語と似たところがあって、トイトイ、ケリケリ、のように音の繰り返しが多い所が気に入ったのだと思います。

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