ガメ・オベール JamesJames

Copulaのない家に住む

25/7/2026

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ガメ・オベール JamesJames
Jul 25, 2026
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日本語との付き合いがまだ続いている。

美しい言語で、ゆったり、のんびり書き進めることが出来て、上手く行けば、たおやかなリズムが生まれてくるところが、日本語の「こたえられない」ところで、楽しみだが、実は、普段は、ややこしく聞こえるといけないので、あんまり言わないことにしている別の理由もあります。

日本語は、印欧語的な繋辞(Copula)がないという由々しい言葉で、

「だ」と言い、「である」と言って、繋辞を自称しているが、存在や同一性や述定をまとめて担う être ではなくて、あるいるはべりいまそがりで、はべりいまそがりは地口で冗談だが、おかげで、時制にもシチュエーションにも依らず、普通に、主語がいらない。

ブログ時代の初期のものには、わざと、ぼくもわたしも、わしも、

一切主語を使わずに書いた記事が、かなりの数で存在します。

こっそり、遊んでいたので、やってみて、日本語人が存在論の持ち合わせがない理由が判ったような気がしました。

気がした、だけですけどね。

なにごとによらず、シュシュシュッと、すり足で詰め寄るように考えを詰めるのが嫌いなので、いまは「気がした」だけで、良いことになっていて、そのうちまた、おもいもかけないところで出会うに決まっているので、そのときは日本語と存在論の連関について考えを煮詰めることも出来るのではないかと思っています。

アラビア語やロシア語の現在形も繋辞がいらないが、いっぺんやってみて、どちらの言語も向いてない、というか、才能がないので、アラブ料理の美味い店があるクアラルンプールに越せば、注文くらいはアラビア語でやって遊ぶのかもしれないが、いまはちょっと言語に使う時間が多すぎるような気がしてきているので、暫くは縁がないままで過ごしそうです。

英語が人生初見の言語で、これで世界を認識してしまうと、アラビア語や日本語、ロシア語で、物理学や数学が支障なく、どころか、世界のトップクラスの研究が行われていることに、おおげさでなくて神秘を感じる。

ほら、ニーチェは

「私は、われわれがまだ文法を信じているがゆえに神から逃れられないのではないかと恐れる」なんちて、言語構造そのものに神が内在してしまっているのだ、と述べているが、日本語は、どう考えても、(少なくとも西欧的な意味の)神など言語に宿ったりしていないので、ほんとうは、なあんとなく、お互いに知らん顔をしているだけで、西洋哲学が正しい仮説を述べているのならば、日本語で記述された神など、折り紙でつくった式神みたいなもののはずで、物理学や数学を日本語で考えている人がいるのは、どうしたって矛盾している。

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